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奈良県の歴史1

古墳時代から奈良時代まで

紀元3世紀から4世紀頃に、この地方の豪族が力を強めて周辺地域に覇を唱えました。
その後長い年月と代替わりを経て、他地域との交流・攻防や大陸との交流の末、現在の日本地域の大半を支配する大勢力となっていきます。
これがヤマト王権と呼ばれることになります。

ヤマト王権は、現在の天皇家の祖であるとされ、宮内庁比定の天皇陵などが集まっています。
また、邪馬台国と同一視する説、北九州にあった邪馬台国の子孫が移住して新たに建国した国であるという説、神武天皇の東遷説などがあります。

古代からの神道信仰の伝統、及び6世紀の仏教伝来以来の国策により、この地域には神社仏閣が多数存在します。

ヤマト王権成立以来8世紀末まで、この地域に大和朝廷の累代の天皇の宮があり、都が置かれました。
大和時代から飛鳥時代にかけては、橿原市や高市郡に宮が置かれていることが多くありました(飛鳥京跡)。
特に藤原京は、690年(持統4)に着工され、694年に完成した日本史上最初の条坊制(じょうぼうせい)による中国風都城として知られています。
その後、710年に平城京遷都が行われました。
784年に長岡京に遷都されてからは、日本の首都が県内に置かれることはなくなりました。

平城京から長岡京への遷都の一因ともなった影響力を持った寺社勢力は、遷都後もそれらはこの地域に残り、その後地域の耕作者を支配下において大きな勢力となっていきます。

平安時代から室町時代まで

平安時代後期は、清和源氏の源満仲の次男の源頼親(兄・源頼光/摂津源氏。弟・源頼信/河内源氏)の大和源氏の本拠地となります。
温暖で肥沃な盆地を抱える地域であるため、この地域の豪族はいずれも大きな力を持つことになります。
一方で南部の険峻な山地には、その地の利を活かして反中央勢力(中でも反主流派の皇族)が居を定め、中央政府(京都の朝廷、及び幕府)とにらみ合う時代が長く続きます。
南北朝時代の後醍醐天皇の吉野朝廷が有名ですね。
吉野朝廷は地の利を生かしながら、また各地の武家勢力を糾合しながら60年にわたって抵抗し続けたが北朝に降りました。
しかしその後も活動を止めず、応仁の乱では山名持豊の推戴も受けました。
奈良時代に建立された藤原氏氏寺の興福寺・東大寺など南都寺院が大きな勢力を誇ります。
このため、鎌倉・室町の武家政権は大和に定まった守護を置けませんでした。
平氏が東大寺焼討ちなどを行って南都を制圧しようと試みたが、成功はしませんでした。

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